子規と虚子・・道灌山の茶屋

柿くふや道灌山の婆が茶屋    明治29年

この句が作られた明治29年の3月、子規は結核性脊髄炎と診断され、いよいよ身動きのとれない闘病生活に入ります。29年に作られたこの句は本当に茶屋に行ったのだろうか?とふと疑問に思いました。無論、根岸では頻繁に句会が開かれていたのですから即吟であっても良いのですが。

ところで、この「道灌山の茶屋」については、虚子の「子規居士と余」(大正4年著)にとても詳しく書かれています。
前年の28年、従軍中に喀血して倒れ、神戸で生死の淵をさまよった子規を、京都から駆け付けた虚子が看病した話はよく知られています。ドナルドキーン氏の「正岡子規」にも書かれています。そして、病状安定したのち、須磨の保養院へ移り、虚子もまたそこでも子規を看病。自分の余命を悟った子規は虚子に「自分の後継者となって欲しい」と申し出て、虚子はうやむやの返答で別れました。虚子22歳の夏のこと。まだ自分の生きるべき道を模索中の若者に即答が無理なことは当然でしょう。
そしてその年末に子規は東京へ帰り、いよいよ根岸での闘病生活が始まるのです。が、29年の初めころにはまだ腰痛に耐えながらも外へ出ることは可能だったので、虚子は子規に呼び出されて道灌山の茶屋まで同行します。

道灌山は、今も地名には残っていて、西日暮里駅の西側あたりかと思われます。根岸からは、歩いてもさほどの距離ではありません。
かつて太田道灌の出城があったと言われていますが、現在はほとんどその形跡すらないとか。ただ、江戸時代には平野を見渡せる景勝地だったようで、明治の頃にはまだその名残りがあったのでしょう。「子規居士と余」によると
「・・稲を刈り取られた寒い田圃を見遥るかす道灌山の婆の茶屋に腰を下ろし・・」
とあります。
おそらく子規はその店へ行ったのは初めてではないと思われます。
子規が「菓子をおくれ」と婆さんに注文すると、大豆を飴で固めたような菓子を一山持ってきました。虚子はその一つだけを食べました。山盛りの菓子、あとは子規が食べてしまったのでしょう。
この茶屋で二人は長々と語り合います。そして「後継者になって欲しい」と再度促しますが、虚子はきっぱりと断ります。
後継者という位置づけにはなりませんでしたが、虚子が子規の薫陶を受け、その師系が脈々と続いてることは、俳句を志す者の皆知るところです。

子規と虚子のその後の人生に、この「道灌山の婆の茶屋」は重要なターニングポイントだったのです。
29年、子規は何度か吟行に出かけています。「寒山落木」には「車ニテ上野ノ桜ヲ見テ還ル」とありますから、痛みに耐えながらも車(人力車)にに乗って句仲間と遊吟出来る体力のあった最後の年だったのでしょう。
その後も、雨の板橋・赤羽へ一泊、仲秋の上野、目黒、そして船橋の中山寺へ一泊、と遠出しています。
が、年末にはついに褥瘡が出てしまいますから、その後は病床から動けなくなりました。

虚子から後継者を断られた道灌山は、多分子規にとって生涯忘れ得ない場所だったに違いありません。その茶屋で本当に柿を食べたかどうかは定かではありませんが、柿の句として残したことにその重要さが感じ取れます。

私は日暮里方面には疎いのですが、5年前、やむにやまれぬ事情で日暮里から西日暮里を歩いたことがあります。起伏の多い土地で、今はJRのたくさんの線路で東西が分断されていて、今は決して風景の良い場所ではありませんでした。
今度、機会があったら根岸から道灌山まで歩いてみたいと思いました。

   漱石が来て虚子が来て大三十日(おおみそか)  子規 明治28年



参考・・現代日本文学大系(筑摩書房) 正岡子規
         々               高浜虚子

                                (くみこ記)
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by hakusanfu-ro | 2013-06-16 14:32


正岡子規に学ぶ


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