『寒山落木』 子規の俳句入門

雪ふりや棟の白猫聲はかり 

これは明治18年1月8日竹村鍛宛の書簡に書かれている子規の句で、
現在のところ子規の初めての俳句と推定されるものです。
子規が明治17年頃には俳句に親しんでいたとされる所以です。

明治17、18年頃 神田猿楽町の下宿で、子規は貸本屋から発句に関する本を借りては読み、
友人と俳句を作っていたようです。自分が面白いと思えば人を巻き込む子規気質とでもいいま
しょうか、愉快な思い出も残されています。

「~略~ 同寓者にも頻りに作句をすゝめ自分らが遊びに行きても是非遣れ遣れと強ゆるので
みな弱つてゐた。僕には発句はできない何卒免しておくれなどと山内が泣きを入れて大笑ひに
なつたこともあつた。」(柳原極堂)


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明治20年、正岡子規は郷土松山へ帰った折り、旧派宗匠大原其戎に師事しました。
月並み俳句を批判して俳句革新を唱えた正岡子規、
その俳句の出発点は旧派月並み俳句でした。

大原其戎の『真砂の志良邊』(明治13年1月刊)に子規は投句を始め、
其戎没後は其然について投句を続けました。
「丈鬼」は本名「常規」を音読みにした号です。

虫の音を踏わけ行や野の小道     松山 正岡(明治20年8月)
       虫の音をふみわけて行く小道哉 と添削     『寒山落木』抹消句
 
 
初汐やつなくところに迷ふ舟      在東京 丈鬼(20年9月)『寒山落木』収
 
 
枝村へまて甘ほしの續きけり      東京 丈鬼 (20年10月)
       甘干の枝村かけてつゝきけり と添削         『寒山落木』収
 
 
友は皆寄てなれしかはしら鮓      東京 丈鬼(21年5月) 
 
 
障子越し青みの移るはせを哉     東京 丈鬼(21年8月)
       青々と障子にうつるはせを哉  と添削       『寒山落木』収
放生會して心よくぬる夜かな       東京 丈鬼 (23年8月) 


『真砂の志良邊』誌上に掲載された子規の俳句は44句、
このうち19句が『寒山落木』に収められました。

大原基戎に師事したことで子規は俳句を作る筋道を学び、
この時期に短詩型に潜む広がりを感得したと言われています。


  参考図書 『子規全集』1巻、1巻参考資料 解題、22巻 講談社
         『日本詩人全集2』 新潮社                        
                                 (千惠子)
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by hakusanfu-ro | 2012-11-05 08:49


正岡子規に学ぶ


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